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札幌地方裁判所 昭和46年(レ)50号 判決 1972年11月10日

控訴人 協同組合北海専門店会

右代表者代表理事 奥野竹松

右訴訟代理人弁護士 林信一

被控訴人 須賀久弥

右訴訟代理人弁護士 臼居直道

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人は控訴人に対し六九、二五〇円とこれに対する昭和四五年七月一四日から完済にいたるまでの年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人に、他の一を被控訴人の各負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、二四六、七五〇円及びこれに対する昭和四五年七月一四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、控訴人は、中小企業等協同組合法(昭和二四年法一八一号)によって設立された法人であって、組合員たる加盟店(以下、加盟店という)の一般顧客に対する売掛金を全額立替払いし、これに手数料を加算した金額を顧客から割賦払いの方法で直接支払いをうける事業を行なっているものである。

2、控訴人は、被控訴人の代理人訴外伊藤ユキとの間で昭和四四年一二月二日お買物小切手帳による個人取引契約(以下、小切手帳利用契約という。)を、同年一二月一八日にはスペシャル・カードによる取引契約(以下、スペシャル・カード利用契約といい、両契約を併せて小切手帳などの利用契約ともいう)をそれぞれ締結し、その契約内容はつぎのとおりである。

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、控訴人作成の小切手帳とスペシャル・カードを交付し、被控訴人はこれらを使用して加盟店から商品を購入する。購入しうる商品は加盟店の取扱う全商品である。

(二) 控訴人は右購入代金を一括して右加盟店に立替払いする。

(三) 被控訴人は、控訴人に対し、右購入代金に所定の手数料を加えた額(以下、立替金という)を各月毎に分割して支払う。

(四) 小切手帳による購入についての一ヶ月の利用額限度を五万円とし、その支払方法は一、三、五、一〇回の四通りの月賦払いとし、スペシャル・カードによる場合は一ヶ月の利用額限度は一五万円で、その支払方法は一二ないし二四回の月賦払いとする。

(五) 被控訴人が右割賦金の支払いを遅滞し、控訴人から二〇日以上の猶予期間をおいて書面による催告をうけても支払わなかったときは、被控訴人は期限の利益を失い残債務を即時に支払う。

3(一)、訴外伊藤は、昭和四四年一二月から同四五年二月までの間に前同様に被控訴人の代理人として前記小切手帳などを利用して別表一のとおり各加盟店から合計二七五、〇〇〇円の商品を購入した。控訴人はいずれもその頃右代金を加盟店に対して支払った。

(二)  しかして、控訴人が代払いした右金員およびこれに前記所定の手数料一九、四〇〇円を加えた立替金合計二九四、四〇〇円については控訴人は前同様に訴外伊藤との間に別表二のとおり割賦支払をすることを約した。

4、訴外伊藤と被控訴人との間の代理関係はつぎのとおりである。すなわち、

(一) 民法七六一条による日常家事代理権。

(1) 被控訴人と訴外伊藤は婚姻の届出をしていないが、実質的には法律上の婚姻と変りのない夫婦共同生活を営んでおり、いわゆる内縁関係にあった。

(2) 民法七六一条に規定するいわゆる日常家事代理権は右のような内縁関係にも適用があり、かつ今日の家庭生活とこれをめぐる社会、経済のあり方からすれば、被控訴人の内縁の妻である訴外伊藤の控訴人との前記小切手帳などの各利用契約および同訴外人の各加盟店からの商品購入行為は、いずれも被控訴人と右訴外人の夫婦共同生活のために必要な日常家事の範囲内に属するものである。

≪以下事実省略≫

理由

一、1 請求原因1は当事者間に争いがない。

2、≪書証の真正判断省略≫

二、≪証拠省略≫によれば請求原因2、3のうち訴外伊藤ユキが被控訴人の代理人であったか否かの点を除きその余の請求原因事実をいずれも認めることができる。

三、そこで、訴外伊藤が被控訴人の代理人として同人の名義で右の各契約を締結する権限を有していたか否かについて検討する。

1、日常家事代理権について被控訴人と訴外伊藤が内縁関係にあったことは当事者間に争いがない。そして、日常家事について、夫婦相互の代理権を定めた民法七六一条の規定は内縁の夫婦にも準用されると解されるところ、本件では、小切手帳の利用契約は日常家事に入るが、スペシャル・カードの利用契約は少くとも日常性を有し難く、したがってその範囲外であるとみるほかにないものである。以下、この点について詳述する。

(1)  小切手帳の利用契約について

≪証拠省略≫を総合すれば、右契約によって発行される小切手帳は、二五〇の加盟店で利用できるものでその業種も多様ではあるが、主として、衣類、電気製品、靴、家具、宝石などの比較的日常生活に深い関係のある商品の購入に利用されるものであること、小切手帳を利用して購入できる額には一定の限度があって、二ヶ月間で一〇万円の場合もあるが、本件では二ヶ月間で五万円と定められていること(ただし、それ以上の必要があるときのために、一万円までの限度超過購入券三枚が添付されている)、控訴人に対する支払いは割賦弁済の方法でおこなわれ、取扱いとしては一、三、五回の短期のものもあるが、本件では一〇回の長期割賦の約定がなされており、一回の支払額もさほど多くはないこと、一方、被控訴人は個人タクシーの運転手をして一八万円ないし二〇万円の月収があり、借地上に自己所有の家屋があって比較的恵まれた生活をしていることがそれぞれ認められ、このような小切手帳の利用契約の目的、内容、被控訴人の職業、生活程度のほか、今日の社会経済状況とくに割賦販売の隆盛や消費者金融制度の発達などを加味して考えれば、小切手帳の利用契約は、日常生活に必要な商品購入のため小額金融の便宜をはかるものとして、被控訴人の日常家事の範囲に属するものと解するのが相当である。

したがって、訴外伊藤が被控訴人名義でした小切手帳の利用契約は有効に成立したものといわなければならない。

(2)  スペシャル・カードの利用契約について

≪証拠省略≫を総合すれば、スペシャル・カードは、その利用できる商店や購入できる商品の点では小切手帳の場合と異なるところはないが、小切手帳では包摂できない高額な商品購入のための融資を目的とするもので、小切手帳とは違い、具体的な商品購入に際して個別的に発行されるものであること、その発行は小切手帳の利用者に対してのみ行なわれ、しかも利用者の経済状態の審査などの比較的厳しい手続の下で行なわれるものであって当然に発行されるものではないこと、融資の金額は五万円からあるが、本件では一五万円であってかなり高額であり、事実、ダイヤの指輪購入に際して融資されていること、控訴人に対する支払いも二四回の割賦弁済でそのために二年の長期間を要すること、割賦金の支払いを確保するために一般的に購入した商品の所有権を控訴人に移転するという特約条項が規定されていることがそれぞれ認められる。

そうすると、スペシャル・カードの利用契約は、その目的、内容のうえで小切手帳の利用契約とはいちじるしく異なることになり、前記認定の被控訴人の職業、生活程度から見てもなお被控訴人の家事においてその日常性を具有するものとは言えず、したがって日常家事の範囲外にあるものというほかない。

2、個別的委任による代理権について

控訴人は、訴外伊藤はスペシャル・カードの利用契約を締結することができる代理権を被控訴人から与えられていたと主張するが、これを直接認めるべき証拠はない。なる程≪証拠省略≫によれば訴外伊藤ユキは被控訴人の内縁の妻として、日常家事のほか被控訴人から委任されてその印鑑を保管し、銀行預金の出入れなども任されていた旨述べるけれども、右事実からは未だ前記スペシャル・カードの利用契約の締結について個別的に委任があったものとは推認することはできず、又訴外伊藤が前記認定のように被控訴人の印鑑を使用して右カード利用契約をなしたという事実からも同様である。

3、表見代理について

(1)  訴外伊藤が被控訴人の内縁の妻として日常家事代理権を有したことは前記認定のとおりである。そして、右代理権は民法七六一条にその発生要件を規定したいわゆる法定代理権としての性質を有するものであり、その成立要件が個人の意思にもとづく委任代理権とは異ってその内容も画一的限定的であり、それ故に表見代理の成立する余地も委任代理権に比べてきわめて狭く、僅かな事例についてのみということができる。しかして本件のような日常家事代理についての表見代理は、民法一〇九条、一一二条の場合はともかくとして同法一一〇条の権限踰越による表見性は実際はさほど富裕ではないにかかわらずあたかも高貴な社会的地位を有するかのような外見を表示して日常家事取引をしたとか、あるいは少なくとも一般的に云って、一般社会的には夫婦の日常家事に属する事項であっても、当該夫婦にとっては未だ日常家事に含まれるとは言えない取引の場合などが考えられる。

そして本件の場合を見るに、被控訴人と訴外伊藤との内縁夫婦関係においては本件スペシャル・カード利用契約は日常家事のうちに含まれないことは前記認定のとおりであるが、かような被控訴人らに個別的な事情を除外しても前記認定の同カードの性格および金額からみるときは今日の社会経済状況を勘案してもなお社会一般の夫婦の家事にとってその日常性を具有しないものといわなければならず、この意味からも日常家事代理の表見代理は否定されなければならない(なお訴外伊藤は右契約に際して格段高貴な社会的地位を表示したとする証拠もなく、かえって≪証拠省略≫からは控訴人は右カードの発行に先立って被控訴人の信用調査をなしている事情さえ認められる)。

(2)  また、被控訴人の委任による訴外伊藤の代理権については同訴外人は前記認定のように被控訴人から銀行預金の出し入れの代理権を委ねられていたことを認めうるが、本件スペシャル・カード利用契約は右の代理権とは全く異種、異質のものであって、右代理権の権限踰越ということはできない。

四、個々の商品購入の効力について

1、≪証拠省略≫によれば、訴外伊藤は前記小切手帳を利用して別表一の1、3、4のとおりの商品購入が行なわれたことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところが、右各証拠によるも右購入商品中その具体的な商品名を認めうるものは3のテレビ一台のみであり、また4の商品はその購入店が越後屋家具店であって一応家具と推認しうるが1の商品は具体的に特定することはできない。

2、しかして、右3のテレビおよび4の家具は、その使用目的が一般に家庭で使用されるものであるうえ、その価額、一ヶ月の割賦金額および前記認定の被控訴人の職業、収入などを総合すれば、これを購入することは被控訴人の日常家事の範囲に属すると認められる。(もっとも、≪証拠省略≫によれば、右テレビ家具は実際には訴外小川某が使用し被控訴人方で使用した事実のないことがうかがわれるが、購入行為が客観的にみて当該夫婦の日常家事に入る以上、購入の際の主観的な目的や現実の使用状況いかんは右判断に影響をおよぼすものではない。)

3、これに対してその品名、種類を具体的に確定しえない1についてはそれが被控訴人のあるいは社会一般の夫婦間における日常家事に属するか否や、またその間に表見代理を論ずる余地があるかどうかの認定は不可能であって、控訴人の挙証責任に帰した上、除外せざるをえない。

五、1 かようにして、被控訴人が民法七六一条にもとづき控訴人に対して支払いの義務を負うのは、テレビ一台五三、八〇〇円と家具一個二一、二〇〇円分のみでありその代金と手数料をあわせて合計七八、〇〇〇円になるところ、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年四月末までに、本件の小切手帳およびスペシャル・カードによる商品購入分全部につき訴外伊藤から控訴人に合計四七、六五〇円の支払いがなされ、うち二六、九〇〇円がスペシャル・カードによるダイヤ指輪の購入に一二、〇〇〇円が小切手帳による昭和四四年一二月一八日の1の商品購入に、残りの八、七五〇円が前記テレビと家具の購入にそれぞれ充当されていることが認められる。したがって右テレビ、家具の残金は七八、〇〇〇円―八、七五〇円=六九、二五〇円となる。

2、ところが、≪証拠省略≫からは被控訴人は、右テレビおよび家具の立替金についてはその後の支払いをしなかったため、控訴人が昭和四五年五月四日到達の書面で支払いの催告をしたが、二〇日以上の期間を経過しても支払いがなく、その後の割賦金の支払いにつき期限の利益を喪失したことが認められる(なお、右証拠からは右催告は同四五年四月末日までに支払うべき立替金として三一、七五〇円を支払うよう被控訴人になされているがそれは本件の小切手帳による購入商品のほかスペシャル・カードによる商品購入分についてもあわせなされており、テレビおよび家具についての同月末日までに被控訴人が支払うべき金額は九、二五〇円のみであって現実の催告額との間にかなりの差異を認めうるがこれがため右催告を無効とみるべきではない)。

3、よって、被控訴人は、七八、〇〇〇円からすでに支払いのなされた八、七五〇円を差引いた六九、二五〇円と本件訴状送達の翌日である昭和四五年七月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い義務があるから、控訴人の本訴請求は右の限度で認容しその余は失当として棄却することとし、右と結論を異にする原判決を取消したうえ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を各適用し、仮執行宣言はこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福島重雄 裁判官 太田豊 稲田龍樹)

<以下省略>

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